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05月
02
2015
  webサービス

新しいサービスは世の中を便利にして可能性を生み出すけど、それが人を幸せにするとは限らない?

久々の更新です!
ここ最近は某社の新規webサービス開発に300時間以上/monthくらい使っていて
ブログ更新に時間をかけられていなかったのですが、
何となくモヤモヤとしたことがあったので記事に書き出しておこうかと。
本日のお題は「新しいサービスは世の中を便利にして可能性を生み出すけど、
それが人を幸せにするとは限らない?」について。

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下記ページを参照してみてください:
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世の中ってどんどん不満や不便さが解消されて、
日に日に便利になっていっていると思います。
それは新しい商品によるものだったり
新しいwebサービスによるものだったりするのですが、
おかげで今の日本における個々人の可能性は
限りなく広くなっているなーと感じます。

例えばインターネットがあるおかげで何をやるにしても
まずは辞書のようにweb上の情報を調べて情報収集することができるし、
TwitterやFacebookを使うことで
普通に生きていたら会えなかったであろう人に
気軽にコンタクトが取れるようになってるし、
とにかく何をやるにしてもこれほど個々人の可能性が開かれた時代というのは
過去を遡っても無かっただろうと思います。
そして明日には今日以上に利便性が良くなった社会になっている筈で、
日々自分たちにはあらゆる可能性が広がっていくわけだし、
何かを目指して然るべき努力を積めば自分は何者にだってなれる筈。

世の中が便利になることと人が幸せになることは、
根本的に異なるイシューである?

MacBook
しかし利便性や可能性がいくら高まったところで、
それが人を幸せにすることに直結するかといわれると僕はNoだと思っています。
というよりは、"全く別の問題"だと僕は考えています。

例えばどれだけ自分が可能性を追求して成功し、金銭的に豊かになれたとしても、
人によってはそこで幸せを感じれる人もいれば永遠に
「自分の幸せはもっと先にある!」と考えて飽くなき挑戦をし続ける人もいます。
普通に考えたら「金銭的に豊かになれれば何でもできるようになるから
幸せになれるんじゃないの?」と思いますが、どうも違うらしい。

これを突き詰めて考えていくと、どうやら人の幸せや満足度というのは

"個々人が自分の中で定義するものである"ということ。

たとえ1日500円しか食費が使えなかったとしても、
あるいは1日100000円もの食費が使えたとしても、
そのことに対して喜びや幸せを感じれるか否かは
その人の頭の中の定義次第だと僕は思っていて、
そして今日のお題に辿り着くわけなのですが

「詰まるところどれだけ世の中が便利になったとしても、
それが人を幸せにすることと直結しないのではないか?」


と僕は考えるに至ったわけです。

では現在の世の中における"サービス"とは一体何なのか?

MacBook
こう考えてみると、どうして世の中がどんどん新しいサービスを
世の中に生み出さんとしているのかが時々わからなくなることがあり、
それが自分の中で腑に落ちないというか、モヤモヤしていたわけです。

ただ確実に言えることは、新しいサービスというのは既存の社会の仕組みや
商品等の不満を解消するために生み出されているということであり、
個人的にはそれ以上でもそれ以下でも無いのかもしれないとは思っています。
つまり、

◎1. 不満が解消される -> ◎2. 喜ぶ -> ×3. 幸せになる

というフローがあるとしたら、昨今のサービスが実現できていることは
2.まででしかないものが大半なんじゃないかと。

だから今僕が何となく興味があるのは、
どうせやるなら1.から3.までを実現できるサービスを創り出せないかなと。
個人的には以前関わっていた ココナラ のサービスであれば
結構良い線を行けるんじゃないかなと感じていますが、
そのさらに上をいくような、人の幸せそのものにまでフルコミットできる、
そんなwebサービスを作れないかな〜と。
そんな事を考えながらGWを仕事しつつ過ごしています。
個々人の"幸せの定義"を見出す手助けをするwebサービスなんかができると良いのかも。
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